森の達人に学ぶアーカイブ

森の達人に学ぶ 対談シリーズ(全4回)

2012年10月22日
森での遊び方、森の生き物のこと、森の食べ物、森林のことなど森のことなら何でも
ご存知の森の達人を毎回お招きして、木材コーディネーター能口秀一との対談の様子
を動画付きでレポートいたします。

 
森の達人01
 2010/10/23
野遊び研究家
山崎 春人氏
森の達人02
 2010/11/13
Treeing Instructor
市村 祐高氏
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森の達人03
 2010/12/4
生物多様性かんさい代表
宮川 五十雄氏
森の達人04
 2011/1/22
林業家
山口 祐助氏
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森の達人04 林業家・山口祐助さん

2011年6月15日
「森の達人」4回目は、2011年1月22日に兵庫県丹波市立休養施設やすら樹にて
林業家の山口祐助さんをお招きして木材コーディネーター能口秀一
対談した模様を収録しました。

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山口祐助(やまぐちゆうすけ)
林業家
作業道を高密度に張り巡らせて、抜き伐りで効率的な木材生産や、針葉樹と広葉樹を混生させた整備を進めている。優れた森林経営が評価され、平成20年の全国林業経営推奨行事(大日本山林会、全国林業改良普及協会主催)において林野庁長官賞を受賞。篠山市在住

「兵庫の林業」に紹介されました。


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能口:今日は林業家の山口祐助さんをご紹介します。
一緒に山に行かせていただいたり、ツアーで森林を見学させていただいたり、色々と山口さんにはお世話になっていますが、今日は山口さんの林業家としての経験というものをお聞きしたいと思いますので、よろしくお願いします。

山口:よろしくお願いします。

能口:つい先日も、どのように木材利用を活性化するかという主旨のシンポジウムで、日本の林業の現状についてお話する機会がありました。森林や林業を取り 巻く状況が急激に変化してきているので、業界側も情報発信を正確に行わないといけないのでは。というお話をシンポジウムではしました。


例えば、よく山口さんのところへ間伐材をいただけませんか、という依頼が来ることがあるかと思います。その際に、「間伐材だから低質だ」ということで、タ ダ同然のような話をされることがよくあると思いますが、実は原木の市場などにも出てくる材は、間伐材であるか主伐であるかの品質的な差は、伐られて市場に 出てきた時点でほとんどなくなっている。
しかし、今の木材の価格は、間伐材の価格で止まっているような状況で、もう一度木を植えるためのお金は価格に乗っていない。つまり、再造林できないような価格がずっと続いているわけです。そのような今の林業の現状というものについてはどう思われますか。

○間伐や択伐で出すしかない
山口:林業をやってる人が、本当に少なくなってしまってるんですよね。森林組合などに勤められて林業の作業なんかをされてる方はあるんですけども、山を 持って生活をしていくというような人は、本当にもう少なくなってしまいましたね。さっきの間伐材の話ですけども、少ない林業家の方のここ10年20年くら いの動きとしては、とてもじゃないけれども主伐をして再造林をし、新たに森を作り上げるのは無理なので、間伐や択伐というような形で木材を出していく以外 に林業を続けていく方法はないなぁ、というようになってきているのが現状です。ウチなんかでも、ここ20年ほど主伐、皆伐というのはしなくなった、という より出来なくなりましたね。


能口:これまで主伐で回転していた木材利用の流れが今は間伐で進めていくという流れになってきたということですね。これは価格との関係が大きいと思います。
山に手を入れられないことで森の荒廃を招くという話がありますが、実際に山の現場におられて、森が荒れていると感じるようなところはありますか。

山口:やっぱり手入れが行き届かない林は、ほとんどが荒れてきていますね。いい時期に的確な施業さえしてやれば、見違えるようになってくんですけども。山を管理する側はそれが出来ないし関心がない、というのが現状だと思いますね。

能口:山口さんが仕事として林業に携わりはじめた当時の林業は、今とは目標が違っていたんじゃないかなと思いますが、そのあたりはいかがですか。

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○枝払いでチェンソーなどというものは
 山口:私は学校を卒業して、まず三重県の諸戸林産というところに就職というか勉強をさせてもらいに行ったんです。その頃は、今では考えられませんけれども、全国の長者番付の十傑に林業家が2軒くらいありました。
そういう時代でしたから、今とは全然違うよなあと思いますね。でも、林業家自体の目標は森を良くして林業を途切れなく続けていくことで、今と変わらない目標なんですけども、それができるかできないかという条件が今とは全然違っていましたね。

能口:当然、木材の価格が違いますよね。木材の扱いについて、以前ある林業家のお話を伺うことがありましたが、その方は非常に高価なものを扱ってるという 意識で木材を扱っておられました。今は山に高性能林業機械という形でいろいろな重機が入っていますけれども、その方の所有する重機の1つにプロセッサとい う機械があり、掴んで枝払いをして玉切りも出来るものがあります。
一台でいくつもの役割を一瞬でこなしてくれるわけですが、プロセッサは機械で掴んで傷をつけながら枝払いしていきますので、丸太を一目見ると、プロセッサで出した木だなというのが分かるわけです。
原木の皮にローラーの傷が付いていること自体が木材の価値を落としていると考える時期もあったわけです。今はプロセッサで搬出された木をみんな見慣れてし まっていて、原木の皮に傷がついているから木材の価値が下がることもありませんし、それについては話をすることもなくなりましたね。


山口:三重県にいた時には、枝払いでチェンソーなどというものは使ってはならないよ、と言われてました。ヨキって言いましたけど、斧ですね、それでやると 表面がツルっとしますよね。それで枝をひとつひとつ落とせと言われました。それがだんだん木材価格が落ちてきて、数を量をと質よりも量を求める流れに変 わってきた頃からチェンソーで枝を払うようになってきました。今ではプロセッサでしごくので、表面の美しさは全然関係ないわけです。だから、林業の衰退と 同時に見た目のことも変わりましたね。


能口:木材の価格が下がったから、それに見合う生産のコストでということで山側も効率化をしていかないと利益がでないということになり、どんどん生産コストを下げる方向へシフトしていきました。
さらに問題なのは、山の手入れをして良質な材が出来たものと、手入れ不足で質が悪くなった状態の材が一緒に扱われることです。
従来は木材市場で買い付けを担当する者が良質な木を見た上で、競りで木材の価格が決まっていたわけですが、そういう市場の機能はほとんどなくなってきています。
これはマーケットの方で、そういった良質な木材が求められていないということですね。では、現状にあったやり方での森林の管理というとどんどん荒っぽい方 へ向かいつつあるのは確かだと思います。このままでは木材の低質化がますます進み、その結果価格が非常に下がって底値で安定するような状況になってしまい ます。


○やってきたことが報われない
山口:今まで緻密な手入れをして価値の高い材を出してやっていこうという人たちが本当に困ってしまってるんだと思うんですよ。
それは、今までやってきたことが報われないからです。これは大きな流れなので致し方ないと言われればそうかもわかりませんけど、やっぱり寂しいことやなと思いますね。

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能口:林業で生計を立てること考えた時に、いま出てきている1つの解は、大規模で安く大量に木材を出して回していく林業の大規模化ですね。そういう方法が、国が進めている国産材の需給率を上げるということのひとつの解だとは思います。
しかしそれは、自分の山の手入れをして価値を高めてきた方の林業の方向性とは一線を画すところがあります。そういう方が今後林業で生計を立てるには、良質 な材を求める方と繋がるような仕組みを作るというようもの以外にこれまでつくり上げてきた材の価値を活かすことはできないだろうなと思います。

山口:最終的には、山と木を使われる方との結びつきというところまで行くんでしょうけども、そのような結びつきの中でしか材の価値を認めてもらうことは難しいのかなと思いますね。

能口:例えば農業の場合、新規就農者という形で新たに入る方はいらっしゃるんですけども、林業の場合、新規で始めようとすると、森林組合などへの就職とい うものではなくて、林業を本当に業として新規に始めるとなったらどうなるかと。これは、山の価値も関係するわけですけども、どういう価値の山をですね、ど ういう規模で持って、どのような販売をしていったら林業として成り立つのか。山を持ってなければ、既にどなたか他の方が手入れをして育てた山があって、そ れを購入してスタートして林業で食べていこうと思うと、そういうのが実際可能なのかどうか。

山口:昔、私がお世話になった諸戸林産は、今は大手自動車メーカーが買い取って変わってしまいました。
大手自動車メーカーは林業経営をそこでやろうという目的でその林業会社を買い取ったわけではないんですよね。
今言われたような、林業家を目指して山林を得て、林業に参入することは、今は山林が安くなっているので可能なんでしょうけども、聞いたことがないですね。
その理由は、能口さんはどう考えますか?

能口:木材だけで、その価値をちゃんと活かせるような仕組みが出来ているのかということですね。
マーケットときっちり結びつて、直接販売が出来る仕組みを持っているような状況でなければ、採算が合わないという話になると思うんですね。
林業ではなくて森林として見ると、二酸化炭素の吸収の森というように排出権取引の中で有効に作用する可能性があり、森林を所有しておくべきと考える素地も出てくると思います。
異業種で、そういった森林を所有する方は増えてくると思います。二酸化炭素を吸収するという違う側面の価値を同じ山に見出しているわけですね。
例えば、自分の山を、林業ではダメなんだけれども、多方面で森林という山の価値を捉えて、事業化していくことが出来るんじゃないかなと思いますね。
林業だけの価値を求めるとなかなか成功例は見えないのではないのでしょうか。

○質と量の二本立て
 山口:県内の方ですけれども、ご主人と息子さんと息子さんのお嫁さんと3人で林業をされている。
自伐林家で、自前で道を付けて、プロセッサも使うそうですけど、十分に成り立っているっていう話を聞きました。
そういう意味では、まだ林業をやっていける道はあるかなあ、と思いますけどね。
また、質よりも量に重きをおく昨今の林業の流れは篤林家にとってはあまり受け入れられるものではないと言いましたけれども、それなら量に徹しようということでやってる人もあるようですけどね。

能口:私の知っている方は、こちら側の山は十分手入れをしているから大事に売っていって、あちら側は並材、いわゆる並材として量で勝負するところというように分けて考えている。
これを、同じ設備、重機でやっていこうとすると、どちらかは効率の悪いものになってしまうので、両面で対応できるような機材を持ってかかるそうです。
人材も、木を見て活かせる人と、品質とか関係なく量をこなせる人の二本立てでやっていく。こういう方法もこれからのやり方なのかなと思いますね。
あと、「土佐の森」でやっているような林地残材を集める仕組みの中での農業との副業的な扱いですね。林地残材を集めてくることがきっかけになって農業などをされていたる方がまた山に入っているようになったそうです。
このような仕組みで、例えば集落の近くの山などは整備されることが今後出てくるかなと思います。

山口:林業が副業を持つんじゃなくて、林業自体が副業という位置づけをするということですね。そういうやり方であれば、生活も十分やっていけるかなと思いますね。

能口:この方法は林地残材を集めたら買い取ってくれるという仕組みがあれば成り立つ仕組みです。
逆に、農業の問題のひとつである獣害への対策として、例えば奥に広葉樹の森を作って、自然と手前に有害鳥獣が出てこないような森林整備もできるのではないかと思います。
そいう意味で今後の森林、森の将来像のイメージは、山口さんは何かお持ちですか。


○森に近づける環境づくり
山口:大規模な道ではなくて作業道というようなもので十分なんで、道を森に廻していって、木材生産はもちろんですけれども、森が周りの人たちの憩いの場や教育の場になることも十分あると思うんですよ。
ツリークライミングなどを森でするなど、子供達が森で遊ぶことが出来たら、やっぱりいいんだろうなと思うんです。
いろんな役割を持つ森へ手軽に行けるということは、ひとつ重要なポイントやと思うんで、その整備が必要と思いますね。

能口:気軽に入れる森というのは、公園とかしかないわけですよね。
観光地のようになっていたりとか、作られた形が多いと思いますけれども、そうではない気軽に入れる森がもっと身近にあればいいのではないかと思いますね。
山口さんの山に見学ツアーなどで行かせていただくと、針葉樹だけではなくてトチとかカツラなども植えておられるようですが、木を植えて森を作っていく、森をデザインするっていうのはどのように考えていますか?

山口:森を大規模に変えるのはなかなか難しいんで、少しずつはじめるということが大事だろうなと思います。
例えば、カツラなんかは、森へ来たなあ、っていう感覚を持たせてくれる匂いがします。
私もあの香りが好きで、カツラを植えたりするとその香りにみんなが驚きますね。
ああ、こんな香りがするんだな、っていう。
じゃあカツラの純林がいいのかって言うと、そうではない。
だから、森のデザインっていうのは難しいだろうなあ、と思いますが、いろんな種類の木が生えているというのは面白いんかなと思いますね。
ただ、いま獣害で本当に森の植生が単一化してしまっているんです。

能口:鹿が食べない種類の下草だけが山に残っているも状況なんですね。
それを元々あった植生に戻すために、総合的にどういうことをしていくのかを考えないと、せっかく木を植えても鹿の餌になってしまいます。
スギとヒノキの森というエリアで、ある程度の木の樹齢が70年超えて出来上がった森でしたら、今後100年とか150年200年、大きく育つための森づくりや、広葉樹との混交林にしていくための森づくりなどいろんな手法があると思います。
スギ、ヒノキ林の、林産業のための森づくりとは違う側面を、今後どういうふうにして取り入れていくべきか、どこら始めていくべきか、ということを考えています。

山口:まず人が森に近づける環境を作っていくとが大切です。
そのような環境があれば、人間はいろんなことをやり始めるんかなとは思うんですけどね。植樹っていうのは本来おもしろいもんなんですよね。
昔、私が三重県でやっていたスギ、ヒノキの植林は、つらいと言いますか、あんまり好きじゃない作業でしたけども。一日200~300本くらい朝から夕方ま で植えるわけですから。でも、その将来を想像して森をデザインしてみようか、という気持ちにもしなれれば、植樹っていうのは非常に楽しいもんです。

能口:小さい苗木で広葉樹をただ植えて育つエリアというのは少なくて、鹿に食べられないように金網をしたりで、結構お金が掛かるものになっているんですね。
森づくりに、森林所有者だけではなくて、他の方の協力が得られるような仕組みが必要なのかなと思いますね。
スギ、ヒノキなどの人工林の部分においては、林業の中で上手く循環していくようなことを考えるべきなのかなとも思います。

山口:この前、薪の需要があるという話を聞きました。いま薪ストーブが、流行っているので薪がいるよということです。
昔は、お風呂を焚くにもご飯を炊くにも薪がいって、みんな普通に山へ行ってたんですけれども、今は家を建てて薪ストーブを入れたけど薪がない。
なるほど、そういうところに薪の需要とか必要性はあるんだなと思わされましたね。

能口:宅配で買える薪がありますが、薪ストーブも高いんですけど、薪も高いんですね。
身近に薪が手に入るような仕組みは今消えてしまっていて、逆にそういうニーズがある程度出来てくれば、それに対しての仕組みがまた出来てくるかなとは思いますけど。
そういう意味で、森林を特に所有していなくても薪くらい取りに入れる山があれば、非常にいいのかな。
その地域の人が昔の「入会」のような形で入れるような、開かれた森というものを計画していくことで、地域の森林を守るようなことに繋げられればと思います。
例えば、丹波市などでは市内のどこに行っても森の木の形が見られる程度の距離で山があるわけですが、全国的にそのような場所ばかりというわけじゃないですよね。
自分がどこかの開いた森に関係があり、そこに参加している意識が繋がれば、森に対してどうしようかというアクションを考えることがあると思います。
サウンドウッズでもイベントなどの形でいろんな方が開いた森に参加できるような仕組みを作っていきたいと思います。
また一方で、木材の価値を最大限に活かした形で消費者に届けるような、林業家と木材コーディネーターのコラボレーションをサウンドウッズとして進めていきたいと思っています。
消費者にどんどんPRしないと森に参加したいというニーズも見えてこないというのが今の状態だと思いますね。
実際に、森林ツアーに参加される消費者の方には、これから家作りを始めようという方、また、それを考えている方とか、いろんな方がいらっしゃると思うんですけど、そういった方に対して何か感じることはありますか?

山口:山の人間というのは珍しいなと消費者の方に思われているのを感じますね。
だから、山に携わる仕事をしていることはやっぱり喜ぶべきことやなと思いますね。
また、コーディネーターさんの方から特殊な木がないかという話もあったりして、こういう物がないかとか、私の山の木が欲しいって言っていただけるのはありがたいなっていうことは思いますね。

能口:ニーズを的確に直接森林側に伝えることで、そのままではあまり価値がなかったものに別の意味で価値が出てくる。情報がちゃんとつながると、森に還元されるものも多くなる。今まで見えなかった価値が出てくるということですよね。

山口:だから、ここの木材コーディネーターの養成講座ですけれども、コーディネーターの方が増えていかれることは、本当に心強いなという気がしますね。

能口:木の価値を伝えたり、森にあるものを活かす手法を身につけた人材が増えることで、そういう方が活躍できる場もどんどん増えてくるんではないかと思い ます。そういったことをサウンドウッズとしても今後担っていくべきだろうなと思います。最後に、山口さんに将来の目標をお伺いしたいのですが。


○採算が合うようにして伝えなくてもいい
山口:私には息子がいるんですけれども、息子は林業の仕事を継がないよと言っています。
まあ、私が受け継いできたこと、やってきたことが途切れてしまうということは寂しいことではあるんですけれども、その分、変な話ですけれども、採算が合うようにして伝えていかなくてもいいんだな、とも思います。
ということは、森づくりを創造するとかデザインするとか、ということに私の目標を変えていってもいいんだなぁという気がしてるんですよね。
だから、ある意味寂しいけれども、ある意味希望もまた出てきたかな、と思ったりもしてるんです。あまりいいことじゃないかわかりませんけどもね。

能口:将来の誰かが、今やったことに対して振り返って考える時もあると思うんですが。

山口:継いでもらうっていうことは、息子である個人に渡していかなければいかんっていうことですけども、それが別に必要なければ、いろんな人の森ということに目標を変えていってもいいわけですから、そういう面では楽しくいけるのかなという気はしてますね。
それと、コーディネーターの方と関係を持っていくと、いろんな人との繋がりがあり、こんなものまで必要とされているのかな、っていう喜びが出てくると思うんで、それもひとつの目標になってると思います。

能口:それは森の所有から森の運用へちょっと視点を変えるようなことでしょうか。

山口:呪縛から解き放たれたような、そういうところもあるのかな

能口:相続によっていきなり森林所有者になる方もいらっしゃいますが、森林をどうしていくかっていう答えを明確に出せるような方は少ないですね。情報がなかったりしますし。
森林、特に人工林などは適切に管理していく、手を入れていくことが必要になりますので、そのあたりを団地化、大規模生産だけではなくて、高付加価値化と利用の多様性を合わせた形で、今後進めていくべきかなと思います。
それは、所有者の方の考え方で森林管理の方向性が決まっていくと思いますので、そういったことをNPO法人サウンドウッズとして、森林所有者の方とコラボレーションできるような活動としていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。
今日はありがとうございました

山口:ありがとうございました



森の達人03 生物多様性かんさい代表・宮川五十雄さん

2011年6月15日

第3回目の対談は、森の都研究所代表で、生物多様性かんさいの代表世話人も務める
宮川五十雄さんと木材コーディネーター能口秀一との対談です。
2010年12月4日に株式会社吉住工務店こだま館(丹波市)にて収録しました。

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宮川五十雄(みやがわいそお)
森の都研究所代表、生物多様性かんさい代表世話人
生態系調査、企業の環境・CSR活動支援、環境人材育成などを手がけ、
現在は生態系や地球環境の問題に対する関心喚起、啓発のための活動を展開。
丹波市在住。



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能口:今日は「森を聴く」ということで、「森の都研究所」の宮川さんと丹波市市島町の神池寺というお寺の山を散策しました。 宮川さんは「生物多様性かんさい」代表としてもご活躍されていますが、宮川さんのお仕事の内容を、少しご紹介いただきたいなと思います。

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○関西も重要な地域

宮川:まず、森都研究所というのはNPOでして、大阪の十三にあるカフェスロー大阪というカフェの若いスタッフたちと一緒にですね、新しい'森を意識した都会暮らし'や、'森を意識した田舎暮らし'を考えたいということで、いろいろ遊びながら実験をするようなグループとして動いております。
「生物多様性かんさい」という関西のNPOの連絡会を作るときは、都市と田舎を結びながら生物多様性保全を目指すNPOとして参加しました。
この団体が何をしているところかをご紹介するために、近畿環境パートナーシップオフィス(以下、通称の「きんき環境館」)の出している冊子を持ってきました。
きんき環境館は環境省が近畿地方の様々な主体の人と対話をするために置いた組織で、大阪府民環境会議というNPO組織が運営に当たっています。
先般の名古屋での生物多様性条約の国際会議の前にきんき環境館から、生物多様性を分かりやすく解説してもらえないか、と言われて、そこの出している冊子に解説文を載せています。

生物多様性条約は、国際条約でアメリカとバチカンとアンドラの3国以外の全てが参加している珍しい条約で、世界で一番加盟国数の多い条約なんです。
生物多様性条約と聞くと、みなさんはアフリカだとか熱帯雨林だとか、あるいはサンゴ礁のことかなと思うかもしれませんが、生物多様性、生態系の保全というのは面積を積み上げるしかないんですね。
生物多様性、生態系の保全を考える上で日本も非常に重要な地域で、関西も重要な地域なんです。
世界で34箇所、生物多様性が急速に減少、衰退している重要な地域が選ばれた生物多様性版の「ホットスポット」に、日本列島はまるまる選ばれている。
アフリカとかギニアとか、そういうところと一緒に日本列島が選ばれている。
その基準が、その地域に生息している植物の4分の1ぐらいが危機にさらされているということで、それに日本が当てはまるんですね。

関西地域にも、そういう危機にさらされている希少種と呼ばれるものがありますし、普通の里山がこれだけ荒れているのも皆さんよくお分かりかと思います。
そこで、じゃあどうしたらいいかというのを標準語で書いても関西の人に響かないんですね。
なので、比較的、標準的に大阪近辺で話されている関西弁で解説を書いたものが、「関西人だからできる7つのエーコと~生物多様性のために」です。
解説の中では、地元で取れたうまいもんをもっともっと食べましょうという地産地消のことや、子供と一緒に自然の中へもっと出てないとヤバイですよ等について書いてます。
こういうものを含めた普及啓発の工夫を「生物多様性かんさい」というグループでやっています。
このグループは、実は意外とでかいところでですね、日本野鳥の会大阪さんのような老舗の団体とも一緒に考えてやってます。
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能口:生物多様性条約は国際条約ですが、それぞれの国が活動するためには、その地域、エリアごとにいる人が考えて動かないといけない状況だと思います。

この木材コーディネーター養成講座でも、森との関わりを林産業だけではなくて、そういった多様性との関係についても知識を持って取り掛かるべきだろうと思っています
ところで、私も宮川さんも、この地域の出身ではなくて、Iターンで来たということなのですが、宮川さんはどちらからですか。
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宮川:直前に住んでいたのは西宮ですけれども、もともと私のルーツというか、精神風土に影響を与えているのは、おそらく大阪の能勢地方に住んでいたことです。
それが、なぜ今丹波に住んでいるのかということにもちょっと繋がってくるんですけど、肌合いが合うんです、空気感が。
私は仕事として、一時期、環境アセスメントの生態系調査をしていたんですが、その頃は九州から愛知くらいまで、ほとんど毎週各地の里山を巡っていました。
例えば、南は和歌山や河内長野あたりは、いいところなんですけど、私には乾燥して埃っぽく感じる。
逆に北の方はというと、冬の湿度は気持ちがいいんですけど夏の暑さが無理だ。 富山あたりの暑さになると、自分は住めない。
やっぱり自分の育ったところの空気感って、意外と体にしみこんでいるんだなって思ったり。
それが、なんとなく肌合いが合うのが二箇所あったんですが、滋賀の湖西のほうと丹波で。
結果的に、縁があって丹波に来たんです。
なんか、そういう生物的な肌感覚というか、そういうものって意外にあるんじゃないかなとは思うんです。


能口:森の価値を作り出すために、多様性っていうのは重要なことだと思うのですが、森の魅力というか、恵みを生かすということについて、少しお話いただけますか。


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○山が食わせてくれる
宮川:私が学生上がりの頃に聞いて印象的だった話で、作家の塩野米松さんがおっしゃっていたんですが、昔は東北の方へ行くと田んぼ等の収量が北に行くほど悪かったわけですよね。
戦後の大飢饉でしたっけ、東北地方がひどい冷害に遭って飢えに直面した時、仙台の街に近いところほど飢えた。
奥に行くほど田んぼの質は悪くなるのに、そっちの方が飢えや病気などで死ぬ人が少なかった。
何故かというと、山が食わしてくれたという話だそうです。山が食わしてくれるっていう状態というのは二つの要素が必要で、山が豊かで気候変動が多少あっても何かは実る状態であるというのがひとつです。
もうひとつは、何かが実っているのを実りとして収穫できる文化がちゃんとあるかどうか。
丹波で山の価値を総合的に生かすことを考えるとすると、今無いのは山の価値を総合的に受け取る仕組みです。そういう文化が途絶えているに近いですね。
昔は村の山でホウノキを伐って鎌の柄を作ったり、何を伐って何を作ったとか、そういう話を実体験として話せる世代がまだかろうじて生きているわけですけど、そういう方々から私らの世代へ受け取っておかないといけない文化があるだろうと思います。
また、これだけ情報が全国に廻っている時代なので、よその地域の知恵も上手く取り込めるようにはなったというのは感じます。
それを含めて丹波も、なにかが採れないときには山に食わしてもらうという、そういう文化、風土を創り得るんじゃないかなと思います。
この辺りは日本海側の生き物と、太平洋側の生き物が重なっている地域で、せめぎ合っている地域なんですね。

例えば、私は春から初夏にかけていろんな種類の木いちごを摘むんですけど、能勢より種類が多いんです。
能勢は大阪の中では一番木いちごの種類が多いところなんですけれども、そこよりも多いのが丹波。能勢の方で5種類か6種類かなっていうところ、こっちは7、8種類あるんです。
それだけでも違うので、上手くやれば丹波には非常に可能性を感じますね。


能口:山を活かす文化というのが一旦途切れた部分はあると思うので、それを次の世代がきちんと受け取っていくために、今日のようなワークショップなりで受け継いでいける部分っていうのもあると思うのですよね。
もっとこのようなことを推進するべきで、山にある資源を見て最終的な形がイメージできる方や、食べるものであったり、加工して道具になったりというものをイメージして自分で作れる方が途絶えてしまうと森の文化や価値が下がってしまいます。
新たな木の使い方も、今の時代だからこそというのもあると思うのですが、それが森の価値をより高める方向でいかないとダメで、浪費してしまうだけでは非常にもったいない話になってしまう。この辺りの話は、一次産業の再興や、地域資源をどう使うかというとこと共通していると思います。
地域の特性を知った上で、この地域ではどのように活用するかと考えて進める仕組みを、そこに住んでいる人たちから起こさないとダメな時代になってくるんじゃないかなと思いますね。
そのような意味で、地域を知るためにどうするかの第一歩が、みんなが山に入ることだと思うのですよね。そのような森作りが必要なのかなと思いますね。
しかし、どこでも入れる状況ではないので、難しいところですが、このようなイベントを組むことで、少しでも山に来られるというようなことを考えていければなと思っています。宮川さんは、丹波市の環境政策の審議会の委員もされてらっしゃるということなんですけれども。

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○ちょっと気になっている、というタイミング

宮川:全国どこの市町村でもやっているんですけど、環境審議会という丹波市の環境政策全体に関わる多様な関係者が集まって環境行政を審議する場所があるんですね。
いま丹波市の環境審議会で話が出ているのはですね、環境と言った時に、人口150万人の神戸市と人口7万人弱の丹波市と、同じことやったらそれは違うだろうということです。
その審議会では、丹波の課題解決の方向を模索する中で、森林、里山、農村を新しい視点でもう一回活性化させるためには、都会の力や視点も借りながら、エコツアーのような、単なる観光ではなく環境がツアー資源になるような工夫を環境審議会としてやらなきゃいけないんじゃないかという珍しいことを言い出したんですよね。丹波の方々も、森や里山、農村がちょうど気になってきているんだという空気がありますね。
多様な産業の方々がみんな、やっぱりちょっと気になってるタイミングなんだなとは思います。


能口:多くの方々が森とか里山について、ちょっと気になっているという表現が適切なのだなと思いますね。情報が十分に行っているわけでもなく、気になっている状況ですよね。そこで、その地域がどうするか、どうしたいかですよね。それを表明すると、それを応援して参加したい方は乗っていきやすんでしょうね。
理解しやすいその地域情報がしっかりと出て、こういう活動に参加しませんかという話があると、協力体制が取れる方っていうのは結構いらっしゃると思います。この地域内ではそれがあまり届いていないというか、これからなのだろうなと思いますね。


宮川:丹波市民という位置付けでは、若い方と年配の方で意識の違いがあって。年配の方々が何で意識が違うかというと、自分達が木を植えた最後の世代なんで、その方々は植える前の姿と植えた後の変化を両方見ているんですね。
その子、孫世代になるとですね、変化を見たという意識はなくて、自分らが入らない山という意識なんでしょうね。
ちょうど境目の人たちがまだいらっしゃって、なんとかせなあかんとはなんとなく思ってらっしゃる。今のタイミングでいい働きかけが出来たら、おそらく境目の人たちも動きやすくなる。
若い人らも、なんや親父達がなんかやりだしたんはこれのことか、と説明が上手くいけば参加したいと思っている方は、潜在的には都会と同等におると思いますね。


能口:今後の人口減少で、担い手が本当にいなくなってしまう。特に兵庫県の北部などは、30年後くらいに人口が半分ぐらいになってしまうような集落が、結構多いのですよね。
やはり、その地域内だけの話ではなくて、そこに何か関わって貢献したいという方が、どんどん入っていけるような仕組みっていうのがないと、なかなか地域を維持出来ないと思っているのです。
宮川さんはいろいろな面で活動されているのですが、ご自身と森との関わりはどのような感じでしょうか?


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宮川:自分が森に食わしてもらえる仕組みを作るのが、ひとつの理想ですね。
私は森の中を歩くのが大好きで、歩いているといろんな発見があったり、天然物のシイタケ見つけた、みたいなことがあったりですね、楽しいんです。
それがちゃんと「食う(稼ぐ)」ことにつながってないと、腹の底から楽しむことが出来ないんじゃないかな、というのは思っているところです。もちろん、今も何かの仕事はして食っているわけですけれども、丹波から出ないでも食っていける、というふうになれば本当に森に食わしてもらう人になれる。< br> そういう人がもっと増えるためにも、自分がまず悠々と森に食わしてもらうようにならなければいけないなと思います。


能口:基本的な生活がその森の周辺で出来るのが、私は理想なのかなと思うのです。
そのために、森の恵みを享受できる方法をどれくらい持てるかということでもあるのですが。例えば燃料を森から採るといったように、暮しの中に森の恵みをどう活かすかということですね。
あと、今日みたいに、森の中で耳を澄まして森の音を聴くような、ああいうことが出来る場所もほしいですよね。
やっぱり、そこで何を感じ取れるというのは、森を活かすためにも非常に大事なことだなと思いますね。森を感じ取れるということでいうと、宮川さんは今までどのようなことをされてましたか?


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○自然の側に開けておく
宮川:私はテレビっ子だったのですが、子供時代は自然を紹介するような番組がたくさんあったんですね。そういうのを見ているとですね、当時は日本のものはあんまり扱われなくて、外国のものばかりで。
日本の生き物は見たことも名前も知らないのに、チーターやシマウマは名前が分かる。そういう世代でもあると思うんですね。
そして、子供時代の終わりぐらいに、ファミコンも出てきちゃった世代なんですよね。

一方で、やっぱり子供は遊んでいれば、五感的にいろんなものを遊び道具に引き込むんですね。
例えば、セイタカアワダチソウなんかを採ってきて、その先に糸を付けて釣りをするとかですね、そういうことをやっていると、あの葉っぱをしごいた時の匂いや手触りやっていうのが体に染み付いて、それが五感の土台になっていますよね。
その次はですね、他のことをあえて外の風があるところでやるんです。
例えば、パソコン仕事を窓を開けた空間でやっていると、ふとした瞬間にちゃんと鳥の声や葉っぱの色の変化なんかが体に染み込んでいる。

他にも、春から初夏の梅雨にかけて山にどんどん青葉が開く頃、例えば丹波の場合、桜は二回咲くとおじいさんが言っていたそうです。
実際には桜は2種類あって、4月の頭、ソメイヨシノよりも早く咲くヤマザクラと、ゴールデンウィーク頃に咲くカスミザクラ(ケヤマザクラ)の2種類あるんですけど、そんなのも、おじいさんやあばあさんは名前を知らないですけれども、ああ二回咲くなぁ、と言うわけです。
もう、農作業とかをやっていて見ているもので染み付いているので、そういうものが実は大事なのかなと思います。
それが多分、心地よい山や森を見分けるとか、森を活かすヒントを得るために大切なことだと。
例えば、私は、都会の人が山に入って喜ぶ季節を考えた時に、多分ゴールデンウィークが明けた頃に藤が満開になって、とか、桜を観はるんやったらこの辺でと、記憶をたどりながら思い出してすんです。
季節感を体に染み込ませていると、自然にピンとくる何かがあって。都会にいてもそういうのはありますので、自然の側に窓を開いておくという感覚かなと思います。

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能口:常に開いておけば、移り変わりなんかが分かるということは重要なんですよね。
この時期にはこういったものがあった、ここではこういうのがあった、と順番に埋まっていくと。

特に、農業などに関わっていると、必ず植える時期、収穫の時期なども含めて、そういった感覚は自然と入ってきますね。
森の場合、何かをしながら森の中にいるっていう人はなかなかいませんので、そういったことを増やしていくべきなのかなって思いますよね。
いま、この地域のことばかり話していましたが、全国的に今の森林の状況で里山というのがすごくクローズアップされてて、COP10でも里山イニシアチブといった形で、世界に広げようっていう話が出ていると思います。
林産業と里山の関係で、今後、木材コーディネーターが両面をきちっと見て、持続的に森林資源の活用ができるモデルをきちっと作り上げるべきだと考えているんです。
そのあたり、生物多様性の面から考えて、例えば林業についてはどうあるべきかというような考えはどうでしょうか?


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○自然に委託する
宮川:私は製材のプロではないので、木の質という意味ではよくわかっていない部分もおそらくあるんですが、昔の人たちの考え方の中で優れているところはですね、人間が全部管理できるとは思ってなかったところだと思うんですね。
同じヒノキを植えたようでも、立地によって土質によって、日当たり湿度によって、成長の度合いが全然違うと思うんです。
ですので、森を作るとか、材木山を作るとしてもですね、べったり一様に出来ると思わないことですね。
よく能口さんからも伺いますけれど、目的とする材に適した立地とか、あるいは目的とする恵みに対して適した姿というのは、おそらくすごく混在しながら濃淡のグラデーションになって、ゾーニングはいろいろ出来ると思います。
そのときに、見かたとしては、100%収穫できるという考えを捨てることだと思いますね。
例えば、同じ森林に対して、水を守るための水源涵養林という考え方を上からかぶせたり、あるいは、生態系保全の視点も盛り込みつつ、それから、農地のために必要な資材を得られる森という視点だったりという視点を持って、どれかについて100点の森を目指すんじゃなくて、6割いい材が採れる、あとの4割は自然の取り分だと思う方が、トータルでみた場合には、6割を全項目に採れる可能性があると思うんですよね。
私達が自然に任せることが出来る、自然に委託するという考えでもいいんですけども、例えば、いい水をつくってもらうのは自然に任せた方が自分らの手間がかからないし、おいしい水を作ってくれる。その辺りをもう一回考え直した方がいいかなと思います。

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能口:全部一律でプランテーションのように、同じような収穫量を目指すという考え方ではなくて、いろんな価値をそのエリアに持たせる。
複合的な、副業の重なり合いでもいいのですが、そのような形で全体の収穫量を上げる、という考え方に移行しないとその森林の多様性を得られないだろうと思います。
それは、モデルとして何かひとつ作りたいなと思うんです。
ひとつの業界だけでは、なかなか分からないことがあったりしますから、広い視点を持って語れる、いろいろな業界の方が集まるようなことが地域づくりになっていくのかなと思っています。
丹波地域では、そういったことが出来るんじゃないかなと思いますので、今後、サウンドウッズと「生物多様性かんさい」の活動、もしくは森の都研究所としても連携が取れればと思います。
逆に宮川さんのほうからサウンドウッズ側に要望がありましたらお願いします。


宮川:木材の多様な価値っていうときに、価値判断の選択肢が狭くなっていると思うんですね。
例えば、スギ、ヒノキの林の活用方法について、今はたくさんあるからこれを何とか製品に出来ないかという言い方が結構あるんですけれども、それは、常識的な経営の視点では、企業の経営の視点ではないですよね。
持続可能なモデルを作るという視点ではなくて、今のスギ、ヒノキのどうしようもないものを使い切るにはどうしたらいいという発想でしかないんです。
そうではない価値を、どんどん発信していく主体が少ないので、サウンドウッズさんの役割はそういうところなのかなって思っています。


能口:そういった役割は、いろんな業界の現状をちゃんと分かった上でないと、なかなか動けないことですね。
サウンドウッズというNPOがそのような視野を持ちながら進んでいけるのであれば、ひとつの新しい形を打ち出せるのではないかなと思います。
林業側から話をすると、木材生産が唯一の視点になっています。
先ほど言われたように、現在、日本の山には大量の資源があるので、量を使っていく流れにはなるのですが、どんどん大規模化にいくと、より広いところ、つまり世界を見ていくようなことになるんです。しかし、その地域にはお金が返ってこなかったり。
継続的、持続的にやろうと思うと、地域が広い視点を持って持続的に整備しながら、その地域を活かす動きを作らないとダメなんだろうなと思います。各地域に出来ることが、全体の地域づくりになるのです。それが全体の、生物多様性を含めての視点だと思うんです。


宮川:これまで森林に関しては、地域が地域会議になりすぎて損をした、というかですね、例えば、植林は、大きい意味では林野庁から、木を植えれば補助金が付く時代になった時に、あまりに狭い視点で、いまお金が稼げる、集落にお金が入るからと言って木を植えていったんですけど、そのときに多様な視点でバランスをとることをやらなかったんですね。
その地域より外を含めて考えることをしてなかったので、みんなが木を植えたら木の価格が安くなるという当たり前のところに頭が働いてなかったように見えます。
もちろん、補助金の構造もあったんですけれども。
ローカルに入り込むときに、広い視点でバランスをとりながらということが、やっぱり大事ですよね。

そういう意味では、今ある森の姿を前提にするといけなくて、もっと長い視点でのゾーニングをかぶせて、ここから上はどうせ管理がやりにくいから原生林的にして稼ごう、とか、地域のためにしようというのを、どこかでかけなきゃいけなくて。
その視点を持ち込むのも、ひょっとしたら木材コーディネーターさん達が一役買う場面なのかなと思いますね。


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能口:そういう側面を担う人達が求められているけれども存在してないですよね。
しかし、そういった視点は一番大事なことであると思うんですよね。
これから、森という考え方の中の、生産においての価値の付け方や、森との共生のためのそういった価値の見い出し方が必要だと思いますので、ぜひそのような面でもまたいろいろと連携をお願いします。
今日はありがとうございました。
宮川:ありがとうございました。


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森の達人02 Treeing Instructor・市村祐高さん(準備中)

2011年6月15日

森の達人01 野遊び研究家・山崎春人さん

2011年6月15日

NPO法人日本森林ボランティア協会理事で野遊び研究家の山崎春人さんと、木材コーディネーター能口秀一の対談。 2010年10月23日に、兵庫県丹波市にて収録しました。

 
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山崎春人(やまざきはると)野遊び研究家、関西学院大学講師、

森林インストラクターとして日本森林ボランティア協会の設立に関わり、現在同協会理事。四季の移ろいを感じられる生活を求めて2002年に西宮市から丹波市へ移住。ファミリーアウトドアクラブ「マリオクラブ」主宰。



森と関わりながら生きる

能口:今日は、森の達人ワークショップということで、山崎春人さんに来て頂きました。

森の達人ワークショップは、森に関していろいろな方面から活動されている「森の達人」と一緒に森に入ったり、お話を伺うことなどにより、様々な森の魅力を皆さんお届けしようというものです。

今日は森を食べるイベント、「山の幸コレクション」ということで、皆さんも山崎さんと一緒に朝から山を歩いて、森の植物についてなど、いろいろなことを山崎さんに教えて頂いたと思います。

山崎さんがされている活動について、少しお話いただけますか。

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山崎:生活の主なところでは、大学の非常勤講師などをしていまして、専門は幼児教育です。森のことに関わったのは、私が社会教育に携わっていた頃に子供たちをキャンプに連れて行ったり、野外活動をずっとやってましたので、その頃からです。

そういうものが高じて、現在は日本森林ボランティア協会という、ボランティアで森の手入れをする、というような団体を立ち上げてます。

私は、森と関わりながら生きていたいと思ってました。それはなんでかと言うと好きだからです。単純に楽しいから。今日も一緒に森に入りましたが、森は恵みだらけだと思ってまして、年中、季節季節でそれを追いかけてます。

それと、私は幼児教育でも体育が専門なのですが、今どうしても人間は頭でっかちになっているので、もうちょっと体で生きるってことが大事かなと思っています。

ボランティアで山に入って皆さんがおっしゃるのは、「山入ったあとはビールがうまい」とか「ご飯おいしい」。それは体を使っているからですよね。そういうことから、だんだん今の社会が離れって行ってしまっている。どこかで体を使わないと人間って満足できないよね、というようなことを森林ボランティアをやって余計に感じるようになりました。

私達の森林ボランティア協会というのは、「月に一度は山仕事」が合言葉です。会員の皆さんには「月に最低一回は山仕事においでよ」と言っています。ご飯はおいしいし、お酒もおいしいし、「こんなエエことないよ」と。

森の効用っていろいろあると思うんですけど、森にいると健康になる、っていうのがあると思いますんで、まあ、そんなことを自分でもやっていきたいということで森に関わるようになってきました。

また、「森を食べる」ということですが、「食べる」っていうことは人間にとって一番の楽しみですし、教育の上で大切なことです。

森へ入るときも、「これ食べられるで」ということがあると、子供達もどんどん森へ入ってくれる。最初「えー、こんなん食えるの」と言っていても、食べてみると「えっ、おいしいやん」ていうことになるわけ。そういうことを子供達と共有したいし、森好きの子供をいっぱいつくりたいというようなことも思っています。


能口:昔は森が暮しの中で活用されていました。里山から薪を採って燃料にしたり、炭にしたり。森がすごく身近にあって、森を活用して生活が成り立っていた、というのがあると思うんんですが、今は森に関係を持って暮らしている人の割合というのが非常に少なくなってしまって、森は身近なものとしてはとらえられていないですよね。


山崎:山へ入らないですよね、誰も。元々は日常的に山に入っていたと思うんですけれども。

丹波の場合で見ると、丹波ってわりと豊かなんですよね。雪もそんなにたくさんは降らないし、野菜もそこそこ採れる、米もよく出来る。そういう中では、山からあまり林産物を採ってこなくても、生活は割と楽に出来てた。

そういう意味では、東北なんかと違って山菜文化やきのこ文化というものが、あまりないかもしれない。丹波の皆さんが山に入るっていうのは、マツタケ採りに山に入るくらいで、それ以外のキノコはあまり目に入らない、ということがあると思います。東北などへ行くと、いろいろな山菜、キノコを食べますよね。


能口:いつの時代も森との関わりは暮しと関係しているわけですよね。やはり生活から離れてしまうと、森へ入ることはなくなるだろうし、その必要性がない。しかし、視点を変えると、今の生活ということではなくて、50年、100年先を見据えたときに環境がどうなっていくのか、ということを考える人たちが多く出てきた時代になっていると思います。そのような中で森の価値、森への評価が変わっていく思いますが、その辺りについて、森林ボランティアの活動の大きな流れなども含めてお話し頂きたいのですが。


山崎:例えば地球温暖化がいろいろ問題になった時に、山をもうちょっと見直そう、というのがあったと思います。いま面白いのは、手入れしていない山は二酸化炭素の吸収に換算しないが、手入れされていればある程度カウントできるようになる、というようなことになっています。経済的なところの価値を持ちながらも、そういうプラスアルファの価値をどう見出すか、ということが私は問題のような気がします。

私達の生活というのは経済中心で動いているところがあるんですけど、現実っていうのは経済だけじゃないよね、っていうところも考えていかなければいけないかなと思っているんですけどね。

だからと言って、昔の生活に戻すことは出来ないですよね。

「これからは石油ないねんから、みんな薪で飯炊け」って言ったって、それは不可能に近いと思います。

そんな中でも、一部でそういう人達が出てきている。薪ストーブの流行だったりとか、再生エネルギーとしての森を見直す、というようなことは一部で出てきていると思います。


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○繋がり直す場所がボランティア

ボランティアのところのお話しをすると、ボランティアという言葉が一番注目されたのは阪神淡路大震災の後だと思うんです。大震災が起こって、ボランティアが注目される。それは、繋がりたい、ということですよね。

今の時代、どこかでみんなが孤立していて、そういう中でもう一回、人が繋がり直す場所がいろいなボランティアなのかもしれないな、というようなことはちょっと思っています。

ボランティアの団体でやっていると、いろんな職種のいろんな年代の人が集まってきます。普段では接する事がないような方達が来られるわけですよ。それがまた楽しい。

本来、山の仕事って汚いとかキツイとかいろいろあると思うんですけど、そうやって人が繋がると、それをみんな嬉々としてやっているわけですよね。

もちろん、ノルマがないっていうのもありますが。

そういうことを楽しめる人たちは以前よりもちょっと増えたかなと思います。

ボランティアのあり方として、もちろん二酸化炭素の問題なども考えてなければいけませんが、まずは自分達が楽しくなかったら駄目かなと思います。それが自己満足だけに終わってしまっていると、それも問題があるので、そこのところも考えないといけないと思いますけれども。


能口:私も里山の活動を何年間か続けていますが、その中で、先ほど言われたように、いろんな立場の方が集まって、その作業に関わるときはひとつのコミュニティーのような形になる。

地縁で結ばれている中で山の管理をしていた感覚とは違う、ある目的を持って集まったコミュニティーとしての機能がボランティアにはあって、それによって管理されていくものというのは、経済的な背景でつくられた森ではなくて、どちらかと言うと、これからの環境のための森ですね。そういった森に対しては、ボランティアの力っていうのが非常に期待されているのかなと思うんですけれども。

その活動の中に、楽しみですとか、暮しに関わるものが出来れば、それが一番いいですよね。

そういった仕事を求める若い方もたくさん出てくると思いますし、森林が身近にある環境で、新たなビジネスであったり、暮しを実現できるような人たちがこれから出てくるんだろうな、というふうに感じています。

この辺が、森の持っているポテンシャルというか、価値なんじゃないかなというふうに思っています。今までの木を育てて木材を売ろう、ということよりも森林についての価値の幅が広がったんじゃないかなと思います。

森林のボランティアに関わる人も多様で、いろんな価値で集まって来られているのを最近特に感じます。


○身近な森の価値

山崎:価値観自体が転換期に来ている傾向はあると思っています。

それは、ちょっと昔は、例えばカラーテレビや車を持っていることが幸せの基準になっていて、それ持っていたらそこそこの生活をしていてうれしいな、みたいな幸福感がどっかにあったんですけど、今はもうある程度のレベルに来てしまって、物を持っているから幸せ、っていうふうにはなかなかならない。

みんな適当に金持ちに、金がある程度廻るようになったために、今は不景気で不幸だ、と思ってしまうとそれは違うんじゃないかなと思います。

1970年代に、チープに暮らしてても頭のところでは地球規模でものを考えて、っていう時代がありました。それがやっと、最近になって現実に起こってきたかなと思います。

最近出会った若い人たちの中にも、農業などをやりながら、そこそこの暮しができればいい。いろんな人と繋がって、いろんな人と一緒に楽しくやりたい、というような若い人もちょっとずつ出てきている。

例えば、ボランティアをきっかけに田舎へもう移り住んだりするような人たちが、だんだん増えてきているということですね。林業にちょっと足を踏み入れたい、と思っている若い人たちもちょっとずつ出てきている。

その人たちが全部定着しているかと言えば、そうとは思わないですが、そういう人たちは出てきている。それで大儲けしようとは、皆さん考えていない。でも、生活は成り立たせよう、とはもちろん皆さんされているわけです。このような傾向はかなり出ているとは思います。


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能口:森という言葉のイメージですが、木材の生産に関わっている人にすれば、森のイメージは人工林。案外、天然林とか原生林の森を森だとメージする人が少なかった、という話を聞いた事があります。きれいな、美しい森っていうのはどういう森か絵に描いてください、というと、みんなあまり描けない。整然と木が並んでいるもの、北山杉の山を描いた人がいるとか、そういう話を聞いたりします。

新しく森に関わる仕事をしたい、ということで相談を受けたりすることがあるんですけれども、森とどういう関わり方をしたいのか、その方がイメージしている森がどういうものか、いろいろお聞きすると、森の現状をあまり理解されないまま、一次産業、農業と林業とかというくくりで、選択肢としている方が、非常に多くいらっしゃる。

この間も、森に関する仕事に就きたい方の相談を受けている、大阪のハローワークの民間版みたいなところで話をしたんですが、皆さん様々なですね。森林を守る仕事がしたい、ということで環境に関係する仕事として森をフィールドとして選んでいる。

また、林産、林業に関わりたいということで、森林組合に就職したいという方もいます。ただ、聞いてみると、そこでどういう仕事をしているかという情報はなくて、何か今後、森というものに可能性があるんじゃないかなと思う、ということでなんですね。

山崎さんは、これからの森、っていうことをどのようにお考えですか?


○植えたところは責任もたないと

山崎:ひとつはヒステリックにですね、人工林ダメ、って言うグループが一部にあります。例えば、うちのボランティア協会なんかでもそうですけど、来られる方は人工林の手入れよりも植林がしたい、どんぐり植えたい、という人が非常に多いんですよね。それはそれでいいですけど、誰が山の木で家を作るの、っていうこともあるわけで、人工林を悪者にするのは違うやろなと。それはバランスの問題ですね。

確かに拡大造林のなかで、ちょっとこんなところ無理やろ、っていうところまで造林されている場所もある。それを伐った後、ほんまに次植林できるの、って言ったら、もうやめとこか、みたいなところはいっぱいありますから。そういうところは自然林に戻していくってことも、もちろん必要だと思います。

一方、例えば、私が気に入っているフィールドのひとつにですね、人工林で山菜採りに行く場所があります。ちゃんと間伐をされて手入れをされてる山では、中に木の芽などがいっぱいあるわけです。適当に上手く伐られているもんですから、あまり背が高くなくて手が届く。植えてから70年80年経っているようなところでは、木と木の間隔は広いので、その間に日がさして、いろんなものがそこに出ています。こんな楽しいところはない。ところが、今の若い林は植えたら植えっぱなし。

私、一回、奈良で道に迷ったことがあって、なんとか突き抜けようとしたんですが、かなり密に植えてあって、枝打ちもしていないので、枯れた枝が横に出ていて中を突き抜けることができない。その森に入れない、というような山もあったわけでね、とにかく植えっぱなし、それもかなりの密に植えっぱなしですね。やっぱり、植えたものは責任持たないといけない。

でも、それが経済的な価値だけで判断されてしまうのでほったらかしにされてしまう。経済でものを見ることも大事だと思うんですけど、経済だけではない価値っていうものをどうやって見出すかっていうことが、ひとつは森の再生に関わるのかな、というふうに思っているんですけどね。


能口:一言で人工林という話ではなく、人が植えたということで、やはり人が最後まで責任を持って関わり続けている森は、すごく気持ちのいい森になるですけども、どこかでそれをやめてしまった時に、また違う問題がいろいろと出てくる。そういった面を見るか、目標としてこれから作っていく森をイメージするかによって、話の論点が違ってきたりするわけですけれども。

例えば、戦後の拡大造林って、いっときに植えて、いっときに成長して、今使える状況になった。そういった中で、そういう木材資源があるわけですから、上手く使うことをすべきだと思うんですよね。

そういった資源利用っていうのは、これからに重要になってくると思いますし、木材生産だけではなくて、その木材を使うことで他のCO2の排出を抑えられる、といった持続可能な資源としても、森林をもっと広い視野で、より多くの人が関われるようなものに作り上げていくべきなんだろうなと思っているんですけれども。やはり、人が関わるにはそういった経済的なことと、プラスアルファのそういった魅力であったり、それを受け入れる体勢も必要ですね。

特に、中山間地域のこれからの産業として、そういった木材生産とは別の森の魅力、っていうものが、今後の地域の再生につながっていくんじゃないかなと思うんです。

人口減少になって、そこに住む人もいなくなって、産業も成り立たない。そういった場所にも森林の資源っていうのは必ずあるわけですから、そういったものをいかに使うか。

一次産業の六次産業化、って言いますけれども、林業は農業よりもちょっと遅れて進んでいるのかな、と思っています。


山崎:林業の特殊性はありますよね。植えてもその年に結論が出ない。結論が出るのは次の代、あるいは3代先くらい。だから、今、林業家としていらっしゃるところは、大体3代目とかね。ですから、どういうふうに先を見ていくかというところが難しいですよね。


能口:新たに林業を始めたいんですけど、と言われると困るんですよね。


山崎:農業のような新規林業就業支援、っていうのは聞いたことがないですね。それが出来る状況は、どこにもないですよね。


能口:一方で、森林所有者が森林を管理できなくて自分で所有することをやめて、公的なところへお願いしたい、というような話を聞いたりもするんですね。

管理を続けていくためには、誰かに繋いでいかないとだめなわけですが、森の魅力という面での活用の仕方っていうもので、森を管理していくような方法ができれば、すごく面白いんじゃないかと思うんですけど。


○プラスアルファで森を活かす

山崎:特用林産物ってありますが、それは森の中のプラスアルファですよね。そのプラスアルファをみいだして、そういうものを仕事の中にどう含めていくか、ということもあると思います。そういう意味では、山に資源は、実はまだまだあるやろと。例えば、徳島県上勝町の葉っぱビジネスというのも、ええところに目をつけてるなぁ、と思うわけですけれど。あれは特殊な例にしても、資源はもっといっぱいあると思うんですよね。だけど、それが活かしきれてない、というところはあると思います。

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能口:それを活かすためには、森が暮らしに関わっていたころの知恵や情報を、今のニーズにどう合わせるか、ということだと思うんですけれども。そういう意味で今後、森が身近にあるところに舞台が進んで行って、森とともに生きていくようなライフスタイルっていうものをが出来てくるんだと思いますが。そのあたりは、山崎さんはどうお考えですか?


山崎:そういうものに近づきたい、というふうに思っています。それを求めていると、お金ではない豊かな生活が待っている。農業もどっかで一緒だと思うんですけど、土作りから始まって、野菜とか作っているとですね、どう考えても買った方が安いと思うんです。だけど、食べた時の感覚は、もう全く違う。それは、新鮮でおいしい、というだけではなくて、プラスアルファの価値がそこには生じているわけですよね。

それは、山の中歩き回って探してきたキノコのおいしさなどでも感じられます。

やっぱり旬のものしか食べられないわけですから、その旬を食べるっていうことの喜びであったり、季節感、季節と一緒に生きているっていう楽しさだったり、というところですね。


○森をつなぐ

能口:僕は木材コーディネーターとして森に関わる場合、何代も前の方が植えたものに対して、今の時点での木材の利用について考えたりするわけです。そのときに、これ使うことが次の森作りにつながる、というようなものがあれば、それは仕事として関わっていても気持ちがいいし、その先の夢がある。そういった林業としての夢の部分ですね。

何代も前からの意思がずっとつながって、人工林っていうのは管理されてきているもので、それをいかに上手く使うというのは、そういった植えた人の想いと森作りっていうのを繋げていくことだと思っているんですけれども。ずっと繋いでいったり残していったり、というのものを考えっていろんなことに共通していると思います。

目先のことではなくて次の代に残すこと、というのは、経済だけの基準の暮し方とは別の、今から必要とされる暮らし方ですよね。次の世代にはどうするんだ、っていうようなことも考えた暮らし方が求められているんだと思いますね。


山崎:時代の価値観もそういうふうに、ちょっと変わってきていると思いますね。というのは、今の世代がよかったらいい、というのではなくて、後世まで責任持ちなさい、っていうのが今の考え方ですから。例えば、それはもともと田舎にはあったんですよね。それは、家を継ぐ、家を守る、という言い方でいいと思うんですけど。

昔の人間は、とにかく田畑をどう次の世代へ、あるいは山も含めて渡していくかってことが中心になっていたはずなんですけれど、そういうものがちょっと途切れかけている。だけども、その価値観っていうのは本当は、未来に責任を持つことですよね。孫子の代にどう責任を持って今を生きて行くか、っていうことなわけで。そういうものに、ちょっと帰っているところはあると思うんですよね。地球環境の話するときは、そうですよね。

地球温暖化でホンマにダメになるのは俺死んでからやけど、その先まで責任持て、っていう時代に今はなっているし、皆さんもそのことにウンと頷くような時代になってきている。本当に貧乏な時代、生活が一杯いっぱいっていう時代にはそこまで考えられなかった。今はもうちょっと、未来への責任を今生きている人間がどうとるか、っていうようなことが問題になっている。それと同じように、森を繋いでいくことも、本当は同じような場所にあると思うんですけど、どっか切り離して考えてしまっているっていうのはあると思いますね。


能口:身近な森があるっていうのは、そういうことを普通に実感できる場所に住んでいる、森に入ったときにそういうことを考えるチャンスがある、ということだと思うんですよね。森作りや林業に関わったりするときにそういうことを感じますし、特に大きな木を伐った後などはそういう考えに自然となるんですよね。

世界中でいろんな天然林の伐採をどんどん規制していって、二次林って言われる人工林をうまく使っていこう、という流れが出てくるわけですけど、今あるものをいかに上手く使っていくかってことを求められている時代だと思います。

それは、それぞれの地域で、身近な森から得られるものをうまく使っていく。

それが、その地域ごとに完結するようなことであれば、ほんとにその地域が守られて行くんだろうなと思うんですね。


山崎:エネルギー政策も、そういうところに入ってきつつあるとは思いますね。


能口:そういう意味では、森というのは暮らし方、生き方っていうものを実感出来る場所ですので、森に入ることを禁止してはいけないなと思います。

今日はいろいろと権利関係がある山へ上がりましたけれども、その地域に住んでるとか、都市部で住んでる方、関係なく自分達の身近な森と呼べるところを持つ、ということがこれから必要なんじゃないかと思うんですね。距離的な問題というよりは、自分達がすぐそこで活動が出来る森、というものをいかに作り出せるか。それが次の代へ繋げることが出来る、ひとつの方策になるだろうなというふうに思います。

その地域の人間だけでは、それはなかなか難しい状況になってくると思いますので、そういった面も踏まえて、より多くの人が森へ関われる仕組み作りっていうものが非常に大切だなと思ってます。


山崎:北欧とかではですね、自然教授権、というものがあるんですよね。誰が、個人の山であろうと、どこにはいってもいい。木を伐ったりとか、荒らしてはもちろんいけないんですけど、基本的には、ベリー類をつんだりキノコをとったり、というのは自由に出来る。そういうものは日本にはないですよね。

個人の山は入ってはいけないもの、というようなところがどっかにあって、それをどっかで上手く乗り越えないと、ひょっとするとこれからの社会の中では大変になってくるかもしれなと思います。実は、自然教授権は法律で定められているわけではないんですね。日本でそれをやったら、きっと荒らされて、山菜の木がなくなってたりしそうやなぁ、と言っているんですけれど。でも、そんなことが考えられたらいいなっていうふうには思いますね。


能口:あと、森の楽しみ方っていうんですかね、山崎さんがいま森で楽しんでいることは何ですか?


○野遊び研究家

山崎:ひとつは食べることですわ、なんと言っても。山菜、きのこ始めいろんなもの、鹿も食べますけど。いろんなものが山で手に入る、極端に言うと。

なんでこんなん知らんの、こんなおいしいものなんで見逃すの、っていうものが結構いっぱいあって、そこから抜け出せないですよね、一回その味を覚えてしまうと。

だから、私は勝手に「野遊び研究家」と名乗っているんです。遊ぶっていうことの中に食べることも入っていると思っていて、一部の人間は、お前は野荒し研究家だ、と、すぐキノコでも山菜でも採ってまうやないかと。でも、絶滅するほどは採らないつもりでいるんですけどね。それが私にとっては、今のところ一番大きいですね。

能口さんとは、食べれる山作ろうよ、というふうなことをは言っているんです。だから、人工林の考え方もいろんな人工林があってもいいと思っていてるんですが、今は、どんぐり植える、みたいな傾向になっているので、もっと違う発想もほしいなと思ったりしてます。


能口:これからNPO法人サウンドウッズでいろんな方面の方々にいろんな森の魅力をお話いただいて、それを紹介していくイベントを企画していく予定なのですが、今の時代だからこそ、いろいろと森の魅力を作り出していけるんじゃないかと思っているんです。

第一回目として山崎さんに来ていただいて、森を食べる、ということでいろいろとお話いただいたんですけれども、身近な森っていうのは、今後一般の方にとってはどういう役割を果たしてべきだと思いますか?


山崎:森の癒し効果なども盛んに言われているので、フィットネスジムのベルトの上を走っているような人をなんとか山へ連れて行きたい、と思っているんです。ボランティアに入って木を伐った人たちは、一様にある種の快感を感じはるんです。木を伐ったりしているわけですから、命を貰っているんですけど、狩猟本能と一緒で、そういうことの快感っていうのは必ずあるわけですよね。かなり本能的な部分があると思うんですよ。

森はそういうものが開放される場でもあると思います。

一時の環境保全の中では、葉っぱ一枚採ってはいけない、っていうようなことがあったわけですけど、今はそれが少し変わってきた。里山ってことの言葉が出てきたのもそうだと思いますけども、人が入る事によって豊かさが保てるというようなことも判ってきたわけですから。だからこそ、森へ入ると楽しい、気持ちよくなれる、ということをもっとみんなに知ってもらいたいと思いますね。


能口:COP10(生物多様性条約第10回目締約国会議)でも、里山を国際的に広めていこう、という話がありました。里山っていうのは、林業であったり林産物を使うための森であったり、人々の癒しの場であるとか、自然と対峙する場であるんですね。そういったいろんな機能を持った森を、身近に持ってもらうことが大事ですね。

環境保全のほうへの道というのも、完全に保護してしまうのではなくて、みんなが上手く関わりながら全体のことを考える。長い時間軸のなかで、これから将来のことをどう考えていくか、ということがあると思うので、これを里山の活動が盛んなこの地域でもどんどん広めていく動きっていうものが必要だと思うんですね。


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○森の中で生きるようにできている

山崎:難しいのは、里山林の手入れは、一回手を付けたら継続的にそのことをやっていかないと、逆に意味がないわけです。そのために、次の世代へどう繋ぐかっていうようなことも大きな課題になっていています。

一方で、ボランティアの傾向では、リタイヤしてきた人が多い。若い人は少ないですけど、そうのを楽しむ人が出てきているのも事実ですから、そんなに捨てたもんではないと思っているんですけどね。


能口:この5年くらいの間に大きく変わってきたかなと。始めは団塊の世代の方が中心だった。そこに若い世代の方、30代くらいの方が割合的に多くなってきて、そういう活動をはじめている、っていうのは明るい話かなと思いますね。


山崎:森と人との関係ということで思うのは、人類が生まれてから、森から離れて暮らした、あるいは、自然から離れて暮らした、っていうのは、ここ100年くらいの問題でしょ、極端に言えば。そういうことからいくと、何十万年という人類の歴史の中で、こんなに森と付き合わなかった時代はなかった。

本来森の中で生きるように人間ってどっか出来上がっているはずやって、私なんか思っているんです。森の中で生きてた時代の感覚っていうのは、体に染み付いているんとちゃうかな、と思うんですけど。だから、森を教育の場として使うというようなことも考えないといけないなあ、といようなことも思っているですけれども。

里山保育っていう言葉まで出てきていて、保育の世界の中でも里山保育っていうのがちょっと流行っているんですね。言葉が一人歩きしている、っていうところがないわけではないんですけど。そういうふうなことが言われている、っていうのは、やはり子供達にとってもそういうものが大事だと、ということになっていると思うんですけどね。

能口:今日はありがとうございました

山崎:ありがとうございました